5日は、10年ぶりに高校時代の友人と丸ビルで。前日までの雨と寒さも一変してお花見日和に。
丸ビルのレストラン街は予想どおり、11:00の開店と同時に人が行列を。
運よく予約もせずベトナム料理、カサブランカシルクに席がとれる。
5階からの東京駅舎のクラシカルな建築美の眺めは素晴らしく、壮大で、さすが日本、東京の玄関とあらためて実感。
駅舎の前の広場は、撮影のベストスポット。多くの人たちが写真を撮り合っていた。
料理は、ベトナム風ローストチキンのガイヤーンと、サンドイッチのバインミーで。
5日は、10年ぶりに高校時代の友人と丸ビルで。前日までの雨と寒さも一変してお花見日和に。
丸ビルのレストラン街は予想どおり、11:00の開店と同時に人が行列を。
運よく予約もせずベトナム料理、カサブランカシルクに席がとれる。
5階からの東京駅舎のクラシカルな建築美の眺めは素晴らしく、壮大で、さすが日本、東京の玄関とあらためて実感。
駅舎の前の広場は、撮影のベストスポット。多くの人たちが写真を撮り合っていた。
料理は、ベトナム風ローストチキンのガイヤーンと、サンドイッチのバインミーで。
人間、生きていること自体、そもそもかわいそうな、存在なんだ。
これは、脚本家の大石静氏の言葉。
人口呼吸器を付けざる得なくなった父親に、人間の尊厳がないと
感じ医師に「装置をはずしてくれ」と頼んだところ、傍らの看護婦に「お父さんがんばっているのに、かわいそう・・」と言われて憤慨した彼女の感情がこのことば。
本当にこれには共感した。
母が入院し、意識が朦朧としている病床を後に姉と駅まで歩きながら姉はポツリと言った。
「もう長い修行から解放してあげたい。生きていること自体修行よね」
修行の中で少しだけ楽しいこと嬉しいことがあるから生きられる。
年齢を重ねる度にその実感が強くなる。
母の3回忌の終え、大石静氏のエッセイ「ニッポンの横顔」からの言葉に姉の言葉が重なった。
3月9日は祖母の33回忌と母の3回忌の法事のあと、錦糸町で食事を。
前日の雪と雨が嘘のような快晴で、スカイツリーを真横にみながらの花かご御膳に、話も弾みました。
車のため皆、ノンアルのワイン、ビールを頼みましたが、ワインは白と赤でグラスサイズが異なることを初めてしりました。
なんでも赤はサイズを大きくして空気に触れさせタンニンの渋みを和らげるためとか。
リモートでもやっぱりたまには外食も必要と姉とも納得。